公開日:2019.02.25 
更新日:2023.09.15

DNA損傷精子である場合の顕微授精と発達障害の関係性

監修者 | 黒田 優佳子
男性不妊治療の専門である黒田IMRの院長

精子学の研究者であり医師である視点から、
不妊治療における誤解やリスクを解説

DNA損傷精子である場合の顕微授精と発達障害の関係性

精子学第一人者が教える精子異常の真実

現在すでに不妊治療を受けているご夫婦はもちろん、これから不妊治療をしようと考えているご夫婦にとって、正しい生殖補助医療の知識を身に付けていただくことは重要、かつ、必須です。
顕微授精は不妊治療の現場で最も多く用いられている高度な技術として広く一般的となっていますが、実は出生児の安全性に関しては、未だ不明な点が多いのも事実です。安全性が保障されていない治療だからこそ、赤ちゃんを授かるかもしれないという希望の陰に存在するリスクを理解し、それぞれのご夫婦にとって適切で安全な不妊治療を選択していただきたいのです。

DNA損傷精子が顕微授精の対象となってしまう理由

現行の一般的な顕微授精の治療対象になる精子形成障害の場合、単に精子の産生量(精子数)が少ないケースや運動率が低いケースだけでなく、DNA損傷精子などの精子機能異常を伴っているケースまでも対象となってしまっているのが現状です。

皮膚や肝臓などの一般的なヒト細胞には、遺伝情報DNAを修復する機能があります。この機能はヒトの卵子にも備わっており、多少の損傷であればDNA修復酵素によって回復することが可能です。

その点、ヒトの精子は少し特殊な細胞です。精子のDNA修復能力は精子が造られる過程で失われてしまうため、精子のDNAが損傷した場合、そのまま「DNA損傷精子」として残存し、運動精子の中に一部混在してしまいます。残存したDNA損傷精子が射精された精液に含まれることで、顕微授精に用いる精子として選んでしまう可能性があるのです。

見かけだけでは精子機能の異常は見極められない

DNA損傷精子を排除し、より安全性の高い顕微授精を実施するには、一般的な顕微授精の対象となる「正常に見える運動精子」の中からDNAが損傷を受けていない精子を選別して穿刺注入できるかどうかが極めて重要になります。

にもかかわらず、現行の一般的な顕微授精では、精子の最も特徴的な機能と言える運動性にばかり着目し、「運動精子=良好精子」という「精子性善説」に基づいた基準で1匹の精子を選び、顕微授精に用いています。確かに、精子の運動性は必要条件ですが、必ずしも十分条件ではありません。見栄えの良い「元気そうな運動精子」であっても、DNAが損傷を受けている機能異常精子である可能性もあります。

つまり、実際にはヒト精子の性善説は成り立っておらず、見た目だけではDNA損傷精子をはじめとした精子機能異常を見極めることはできないのです。

顕微授精児と発達障害の関係に関する研究

ここまで顕微授精にDNA損傷精子が採用されてしまうことへの懸念についてご説明してきましたが、顕微授精による出生児の安全性については、国内外問わずさまざまなデータも報告されています。とりわけ欧米では「自然妊娠によって生まれた子どもより顕微授精によって生まれた子は先天異常発症率が比較的高い」と述べた論文が多数あります(※1)。

例えば2015年に報告された、コロンビア大学教授のピーター・ベアマン氏らによる大規模な疫学調査では、「顕微授精に代表される生殖補助医療で生まれた子どもは、自然に妊娠して誕生した子どもに比べ、自閉症スペクトラム障害(社会性、コミュニケーション、行動面の困難を伴う発達障害の総称)であるリスクが2倍である」という結論に至っています。このデータは『American Journal of Public Health』という雑誌に掲載され、アメリカ疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)が所管しています。

また国内でも、2011年には厚生労働省科学研究班の生殖補助医療出生児に関する調査において、顕微授精・胚盤胞培養・胚盤胞凍結保存の人工操作を加えるほど出生時体重が増加することが報告されました。この現象は、ゲノムインプリンティング異常(遺伝子の働きを調整する仕組みに異常が出る病態)による、胎児過剰発育である可能性が高いと指摘されています。さらには先天異常を専門とする医師らも『顕微授精や胚盤胞培養のリスク』を危惧する研究成果(※2)を報告しています。

※1 MJ. Davies, VM. Moore, KJ. Willson, et.al. (2012) Reproductive Technologies and the Risk of Birth Defects, The New England Journal of Medicine, 366: 1803-1813.

※2 有馬隆博, 岡江寛明, 樋浦仁(2012)
生殖補助医療由来の先天性ゲノムインプリンティング異常症. 日本生殖内分泌学会雑誌.17:54-58

国内では発達障害を含む顕微授精のリスクが軽視されている

上述した例ではアメリカ政府が関与している点からもわかるように、海外では「顕微授精と自閉症スペクトラム障害の関係の間に因果関係がないとは言い切れない」という見解が示されています。

一方、日本国内の不妊治療従事者の間では、なぜか未だに「顕微授精児は当然健常である」と考えられる傾向にあり、顕微授精への危機管理意識は総じて低い現状にあります。海外に比べて先天異常に対して目が向けられることが少なく、「顕微授精は安全」「自然妊娠と同程度のリスク」などと、これから不妊治療を始めるご夫婦に対して、さも元気な赤ちゃんが生まれるような説明がなされるケースが一般的です。

この状況に対し、顕微授精と発達障害の間に因果関係がないことを科学的に証明するのは、長期大規模疫学調査が必要となるため極めて困難です。しかし命を造り出す生殖補助医療に携わる者として、黒田IMRでは「疑わしきは避けるべき」と考えます。顕微授精の安全性が明確に保証されていない現況だからこそ、「因果関係はある」という前提で、危機管理を徹底する必要があるのです。

顕微授精の大前提となる「精子の品質管理」

顕微授精では、精子の量的(精子数)不足こそ補うことができますが、DNA損傷をはじめとする精子の質的(精子機能)異常をカバーすることはできません。顕微授精を実施する際は、大前提としてまず精子機能の精密検査を行い、穿刺注入する精子の質が良いことを確認しておく必要があります。

しかし、繰り返しになりますが現代の日本では、これらの前提が広く一般的には普及していない状況にあります。顕微授精について「精子の状態が悪くても、1匹でも精子がいれば顕微授精で妊娠可能です。顕微授精は安全です」と語られ、汎用されてきた結果が、顕微授精による出生児へのリスクにつながっている可能性は否定できません。

黒田IMRでは、独自の精子精密検査によって精子の品質管理を徹底しています。精子機能をより詳しく解析できる「分子生物学的検査」を行い、科学的根拠に基づいた正確な情報を得た上で、まず精子機能が正常で穿刺注入できるどうかを見極めます。穿刺注入できる精子が存在すること、また選別できることを確認して初めて、より安全性の高い顕微授精が可能と判断します。

なぜ、顕微授精は危ないの?男性不妊に特化した当院ならでは治療方針

さいごに

命を作り出す不妊治療において、黒田IMRは安全性を何よりも優先すべきだと考えます。リスクの高い精子を選んでしまう可能性を下げるには、事前の精密検査にて精子の状態を正確に確認した上で、高度な技術によって安全性の高い精子を選別する必要があります。世間の「顕微授精さえすれば子どもが授かる」といった風潮からは、今すぐ脱却するべきです。

不妊治療のゴールは、妊娠反応の「陽性」ではありません。顕微授精をはじめとした生殖補助医療によって誕生した子ども達が、心身共に健康に成長し、平均寿命まで元気に過ごせることなのです。

妊娠を望むご夫婦には、改めて幅広く正確な知識を身に付けていただくことを願います。ご夫婦それぞれの不妊原因を解析した上で、お二人にとって適切、かつ、安全な治療方法を選択してください。

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監修者│黒田 優佳子

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監修者│黒田 優佳子

黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長。不妊治療で生まれてくる子ども達の健常性向上を目指して「高品質な精子の精製法および精製精子の機能評価法の標準化」と共に「次世代の不妊治療法」を提唱し、日々の診療と講演活動に力を注いでいる。

出版
不妊治療の真実 世界が認める最新臨床精子学
誤解だらけの不妊治療

主な監修コラム
不妊治療について
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