これまでお話したことをもう一度まとめます。
男性不妊の約90%を占める精子異常(精子形成障害)には、精子数の減少や運動率の低下のみならず、DNA損傷を始めとする
多様な精子機能の異常が隠れており、その種類と程度は個人差が大きいことが特徴です。
精子異常の真実の項目で解説しましたが、この精子機能異常には
『新生点突然変異:デノボピンポイントミューテーション』という遺伝物質DNAなどの一つの塩基が別の塩基に置き換わってしまうという
DNA異常が関与しています。最近、『精子の老化に伴う質の低下』が話題となっていますが、
精子の問題には遺伝子異常、すなわち
生まれつきの異常が関与している話なので深刻な場合が多く、卵子の老化ように加齢と共に進行するという単純な話ではないのです。
少し難しい話になりますが、
一般的に染色体は1組2本あり、女性になる胚はX染色体だけを2本持ちます。一方で、男性になる胚はX染色体とY染色体を1本ずつ持ちます。つまり、精子形成を司るY染色体は1本だけで、このY染色体がX染色体を抑えて男性になります。この
精子形成を司るY染色体が1本しなかいという点が、
精子異常を発生させる根本的な原因になる場合が多いのです。
もう少しわかり易く解説します。精子の元になる
細胞(始原生殖細胞)から精子が造られる過程で多くの遺伝子が関与しており、染色体の中の
遺伝子に様々な異常が発生します。一般的に常染色体とX染色体に起きた異常は少なからず流産の原因となり淘汰圧力(自然淘汰)となりますが、一方で
Y染色体の異常は非致死性であり
流産(自然淘汰)をすり抜け、その結果
子どもが生まれる場合が多いのも事実です。
中でも、
Y染色体の新生点突然変異による精子異常は、精子数の減少や運動率の低下という形ではなく、精子の
多様な機能異常や形態異常として現れ、いったん発現した非致死的なY染色体上の遺伝子異常は
垂直伝播(親から子)へ伝わります。数千万年のヒト生殖の歴史の中で、軽微なY染色体異常が累積していきますので、精子の機能異常や形態異常が一層複雑化し、その重症の場合は精巣で精子を造ること自体が停止してしまうのです。
言い換えれば、精子異常はその遺伝子異常の組み合わせの程度と種類により個人差がありますが、
精子異常の背景に多様な遺伝子異常の組み合わせ(遺伝子多型)があるということです。この点を踏まえると不妊原因は男女半々とされていますが、おそらく男性不妊は女性不妊の10倍位あるのではないかと推測され、また原因が明らかになることの方が極めて少ないため、
治療困難な男性不妊が多いといのが真実なのです。この事実が生殖補助医療の成否に大きく影響しますが、この点が現在の不妊治療では見過ごされていることが最大の問題点なのです。